米国の首都として150年以上、ワシントンDCは日米関係の中心に位置してきました。しかし国務省幹部数名と日本大使館の友人達によってワシントンDC日米協会が創立されたのは、ほんの50年前、1957年にすぎません。

当協会の最初の公式行事は1957年6月22日、首相に就任したばかりの岸信介氏を迎えたことでした。

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このとき岸首相は、人と人とのつながりの重要性を強調し、こう語ったのです。「両国政府間の結びつきは日米関係の片面にしか過ぎない、という私の意見に賛同して頂けると思います。私達の国の結びつきを更に緊密にするため、ことによるとそれと同じか、それ以上に重要なのは、経済、文化、そのほか様々な分野における個人的レベルの関係です。」

公的にワシントンとの繋がりを持ちながらも、当協会は、私立・非営利・無党派の教育的機関として、日本と6百万人以上が住むワシントンDCエリアの人々のより深い理解を促進するため、全力を尽くすという創立の目的を決して忘れませんでした。

<公的事業>ワシントンDCにある当協会は、これまでに米国と日本の政府要人、企業リーダー、皇族を数多くお迎えしてきました。吉田茂、中曽根康弘両元首相をはじめとして、多くの首相経験者、また豊田章一郎博士(トヨタ自動車primeministerkishi1957元社長)や盛田昭夫氏(ソニー創業者)といったビジネスリーダーが、当協会のプログラムでゲストスピーカーを務めています。過去におけるほとんどの駐日大使もスピーカー経験者であり、その多くが会長や理事長を務めてきました。

<文化事業> 創立当時から日米協会は、様々な日本文化をワシントンDCエリアの人々に紹介する上で重要な役割を果たしてきました。これには、長年にわたって紹介してきた歌舞伎、能、文楽といった伝統的舞台芸術も含まれます。最近では、当協会はアニメ、マンガ、J-POPミュージックといった大衆文化も紹介してきました。また、生花、茶道、俳句、お寿司のつくり方、日本酒テイスティングなどのクラスも開催しています。

約50年前に初開催されたさくら祭りは、学校の体育館で開催された小さな“フレンズ&ファミリー”バザーでした。このバザーが現在では、日本文化を紹介する1日イベントとしては全米最大のものになりました。毎年4月の全米桜祭りのクライマックスに開催されるさくら祭りーストリート・フェスティバルーは、ダウンタウン、約6ブロックの広さで行われるまでに広がり、好天に恵まれると10万人もの見物客が押し寄せます。

<教育支援>当協会のボランティアは「ジャパン・イン・ア・スーツケース」 と「ジャパン・アット・ライブラリー」 プログラムをを通して、地元小学校や図書館で子供達に日本を学ぶ機会を提供するためのプログラムを行っています。過去20年以上にわたり当協会は、高校レベルでの日本語指導と学習機会を認め、推進するよう努めてきました。ジャパン・ボウルなどのプログラムを通じ、今後もそうした活動を持続します。

ジャパン・ボウルは、全米で日本語を勉強する高校生の日本語と日本文化能力を競う学力コンテストです。1993年にワシントンDCエリアの高校生を対象にして開始されたジャパン・ボウルは、今では全米からの参加者を集める大会になりました。

この半世紀の間、日米関係は様々な変化を遂げてまいりました。しかし、ワシントンDCの個人レベルにおいて、日本文化、社会そして経済の日米友好関係に貢献していくという日米協会の目的は、創立当初から変わることありません。